速読って短い時間で本を読むスキルのことで。
つまり2倍の速度で読めたら人より2倍一日の時間を読書につかえるってこと?
それなら速読出来たほうがいいにきまってるじゃん!
なのに【遅読】をすすめるとは?
今回は【速読】と【遅読】について面白い本を見つけたので2冊一緒に読んだ感想をお話ししていきます。
・『速読術』『遅読のすすめ』の内容をざっくり知りたい
・速読と遅読、それぞれのメリット・デメリットをざっくり知りたい
・2冊を読んだ感想を読んでみたい
※この記事は、速読術の方法について詳しく説明するものではありません。
この本を読んだきっかけ
本棚に同作者でタイトルが【遅読のすすめ】【齋藤孝の速度術】という本が並んでいて、「結局どっちやねん」と気になったので読んでみました。
結局どっちがより優れているのか・・・え?速読じゃないの?というところからすべてははじまった・・・
作者について(敬称略)
斎藤孝(さいとう たかし)・・・1960生まれの明治大学文学部教授。
専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。
テレビ出演を多数こなすほか、NHK,Eテレ【にほんごであそぼ】総合指揮を務める。
『声に出して読みたい日本語』など、ベストセラーも多数。
それぞれの本についてざっくり要約
二つの本を読んでかなりざっくりまとめた内容が以下です。
【齋藤孝の速読術】
速読の効果
速読ができることで多読ができ、理解力が高まる
たくさん読む→知識が増える→理解力が相対的に上がる→2割しか読んでいなくても大事なところを理解できるようになる
速読には三つのレベルがある
・C・・・本を読んでもすぐ忘れちゃう
・B・・・いちおう本の内容を理解して要約できる
・A・・・要約の一歩上、理解したうえで新たなアイデアや提案、見方ができる
Aレベルの速読術を身につけるためには
ジャンルに固執せず多読をして単語力、知識力をつける
書評をする、人に感想を言うなどアウトプットすることで理解力を高める
多読をすることで自分視点とは違う概念やものの考え方ができるようになる。
(考え方に柔軟性が生まれる)
速読をするには
大切な文や単語にとにかく色分けでしるしを書き込んで自分の理解に落とし込む
→図書館の本より自分の本として購入して読み込むのがおすすめ
物語であれば起承転結を理解する
著者になった気持ちで読む著者の他の本、またはその著書に関連する本を読む
速読のメリット
速読のメリットはなんといっても速く必要な情報を取り込めること。
デメリットは早く取り込んだ情報ほど記憶から消えるのも速い。
・・・ということでしょうか。
しかし、繰り返し同じ情報を違う本から取り込んでいたら、速読でも知識は定着していくのでだんだんと二割読書でも内容を推理したり判断することができるようになり多読と速読の相乗効果がもたらされるということみたいです。
例えばニュースとかでもテレビでもネットでも同じ内容が報道されていたら、サッと聞いただけで知っている内容と新しい内容を判断できるアレみたいな感じだと思います。
それにしても私は読むの遅いのに記憶から消えるのは速いのはナゼなんだ。
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「遅読」のすすめ
コスパ・タイパと言われる今の時代にあえて「ゆっくり、味わって読む」ことで本の世界に没入する
時間をかけてじっくり読んだ本は「自分の体験」として自分の中にしみこみ続ける
自分を支える言葉が見つかる
思考が深まる
遅読のメリットデメリット
私なりにまとめると、遅読のメリットは
その世界にどっぷりひったる非現実体験と自分には体験できない世界を自分の中に落とし込めること
(ちょっと何言ってるかわかんなかったらすみません)
デメリットはやはり一冊にかかる時間が長いこと
深く読みすぎて著者のように1年とかかけてたら他の本ってその間どうなってるの?という疑問が湧きました。
多分それはそれ、これはこれって感じで同時進行でいろんな本を読んでるんだろうな。すごい
読んだ感想
ということで、かなりざっくりとまとめてしいましたが(私の読書レベルはC)。
どちらの本にも
多色ボールペンを使ったり、ドッグイヤーをしたり本を汚しながら自分の知識にしていく
読書仲間を作る
アウトプットする
自分の好みに固執せず色々読んでみよう(苦手な本にもチャレンジ!)
ということは書いてありました。
読書素人からすると、速読系でたびたび耳にする「2割読む」とか「目次で内容が判断できる」というのはちょっと信じがたく感じちゃいますね。いやホント
ビジネスの情報とか自己啓発本とかならなんとなくわかるけど、小説とかで2割読みなんてしちゃったら作者の意図は読めるのだろうかって。
日本語って「私があげる」と「私もあげる」って一文字違うだけで意味がドカーンと変わっちゃうのに、そんなつまみ読みなんかで著者の言いたい内容ちゃんと合ってるの?
っていうのと、読んだ人によって解釈のズレが大きくなる気がして。
理解力を過信し過ぎると、本文には「相手がまどろっこしい時に『じゃあ、こういうことですね』といった時の反応が「そうです!そうです!」となっていたけど、現実ではそれどころか「この人は分かってくれてないな」となってコミュニケーションが曇り空になりそうな気もしたので、とりあえず相手がいかにまどろっこしくても、時間をかけて話を聞いてみてもいいのでは?と思っちゃいました。(「こういうことですね」と決めつけないで「こういう理解で合ってますか?」くらいの返し)
わかった気になって相手にレッテルを貼ると貼られる方もいやな気持ちになるのはわかるしなぁ・・・
遅読ならぬ遅コミュニケーション!なんだそれ
『遅読~』についてはざっくりまとめると小説とか古文とか、そういう本はじっくり読みこんで世界に浸ろう的な話だと思うのですが、そうなると『速読~』で散々語られてきた小説たちはい一体・・・と思って、両書の発行年を見てみたら『速読~』は2006年で『遅読~』は2025年に書かれたものだったんですね。
10年余りの間で考えが変わったのかな。
それより『遅読~』で本の紹介がたくさんあるのですが、その紹介が引用ばかりだったのが気になりました。
ものによっては見開き1ページ分とか引用に使ってるし。
それならその引用文に著者ならどうしるしをつけるのかまで紹介してほしかったですね。
あと、ところどころが私には上から目線を感じてしまったかな・・・
「星新一のショートショートを小学生低学年の時に読んで~」とか、ドイツ語で読む会に参加した話とかフランス語で読んだときも~みたいな話だったり、積み重なると有名人とTV共演したくだりも別にいらない情報のように感じてしまいます。(いま私の心がすさんでいるからかもしれません)
ちなみに私が星新一作品に出会ったのは二十歳を超えてからだったので、「小学生向けけかぁ」と思わずに面白いので読んでみてください。
本に年齢は関係ねぇ!
しかも他に紹介されている本は哲学やシェイクスピアなどの外国古典だったり日本古典だったりと、全体的にどういった層におすすめなのかいまいちわからないラインナップでした。
とはいえ、紹介されていた本で「読んでみたいな」と思うものもたくさんあっただけに、変にいつ読んだとかの情報を入れず純粋に本の良さだけを語ってほしかったです。
他にも「含蓄を含む」という言い回しがあったり(著者がことばを大切にしているという立場だからこそ気になる。多分小説とかで見つけてもここまでひっかからなかったかも)、経営者に読書家がいることを2回も言わんでいいですよと、ところどころに「あれ?」の感覚が出てきてしまうのが印象的だったのが『遅読~』でした。
私がマルチタスクに向かないので著者のようにテレビを見ながら本読んでも両方頭に入らないよという頭の作りが基本から違うことも感じました。
1日10分とか刻んで読むのも苦手で(面白くなってくると集中して読みたい)なかなか読書レベルCからの脱却はむずかしそうです。
お風呂で昔漫画読んでて水没した悲しい思い出もあるしなぁ(思い出す『金魚注意報』と『あさりちゃん』・・・ふにゃふにゃになっちまったよ)
ということで、2冊を読んで感じたのは、速読と遅読は優劣ではなく使い分けるものだということです。
主に小説や古典は遅読でじっくり深く読み込んで味わう
主に新書や日々新しくなるビジネス本とか情報を更新していくことに速読を使う
こんな使い分けがいいみたいです。
まとめ
遅読と速読は、ニュースは必要な情報を素早く受け取り、小説や映画は時間をかけて楽しむような感覚に近いのかなーと思いました。
印象的だったのが
ネットで得るのは「情報」
本をじっくり読んで得るのは「知識」「教養」
という一言です。
私なりの結論としては著書にも書いてありましたが、新書やビジネス書など情報を得たい本は速読、小説や古典など世界観を味わいたい本は遅読、という使い分けが一番しっくりきます。
それにしても「読書仲間を作る」ってのが私にはなかなかハードルが高い。
大人になると人と本について語る場ってなかなかなくないですか?(私がぼっちということは置いといて)
やっぱり時は大SNS時代なのかなぁ。
そして
そもそも速読ってどれくらい速くて遅読ってどれくらい遅いのよ!
