自分というカテゴリだけでいいじゃない!【映画グリーンブックのネタバレあり感想】

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「おすすめの映画ランキング」によく出てくる映画を観てみたシリーズです!

今回は【グリーンブック】。

「なんとなく終わった後にさわやかな気持ちになれる」程度の前情報のみで観賞しましたが・・・

これは本当に笑いあり、涙ありのいい映画でした!

後半はネタバレありの感想となります。

いやー今回も熱くなってしまったので長くなりますよー

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映画情報

監督 ピーター・ファレリー

脚本 ニック・ヴァレロンガ、ピーター・ファレリー、ブライアン・カリー

公開年 2019年

上映時間 130分

ジャンル ドラマ・コメディ

製作国 アメリカ

あらすじ

1960年代のアメリカ。
ナイトクラブの用心棒をしていたトニーは、ある日、黒人ピアニストのドン・シャーリーから運転手兼付き人として雇われることになる。
ドンは黒人差別がまだ当たり前のように残っていた南部へ、演奏旅行に出ようとしていた。
腕っぷしには自信があるけれど、教養とはちょっと縁がなさそうなトニーと、上品で知的なドン。
見た目も育った環境も考え方も、何もかも違う二人が、ドンの演奏旅行のために車で南部を巡ることに。
その旅の途中で二人が頼りにするのが、黒人旅行者向けに「ここなら泊まれる、ここなら食事ができる」といった安全な場所をまとめたガイドブック、通称「グリーンブック」。
最初はどうにも噛み合わない二人だけど、同じ車に乗って何日も一緒に過ごしているうちに、少しずつ相手のことを知っていく。

登場人物

トニー・リップ(トニー・ヴァレロンガ)・・・イタリア系アメリカ人。ナイトクラブで働いていたがクラブが改装工事のため職を失い、就活を始める。黒人差別の意識が強い。

ドン・シャーリーー(ドクター・ドナルド・シャーリー)・・・アフリカ系アメリカ人。当時の大統領、ロバート・ケネディにも認められた天才ピアニスト。

ドロレス・ヴァレロンガ・・・トニーの妻。黒人にも同等に接する。

オレグ&ジョージ・・・ドン・シャーリーとトリオで演奏の旅をしている。

ネタバレありの感想

この映画は学校とかで観賞して、議論してもいいんじゃないかと思いました。
(やってる学校ありそうだけど)

エンディングを観終わって気になったので、現在も黒人への迫害はあるのかと調べたところ、

昔のような露骨な差別はないものの、個人による差別やヘイトクライム(特定の属性や偏見を動機として行われる犯罪行為)、社会制度の中の格差は存在しているそうです。

Pew Research Centerによると、「黒人成人の75%が『人種を理由に差別された経験がある』と回答している。13%は「定期的に」、62%は「時々」と答えている。」との調査結果が2023年に出ているそうです。

かなり根深い問題ですが、私はこの映画は人種差別への問題提起が主題ではないんじゃないかなーと思いました。

以下、ネタバレありの感想となります↓↓

トニーについて

映画の舞台となっている1960年代は、現在では考えられないくらい黒人への差別が多い時代でした。
(それでも1890年代とかよりはだいぶ良くなったらしい)

主人公トニーも多くの白人と同じように、黒人を蔑み、汚いもののように考えていました。
(黒人の使ったグラスを捨てるとかね)

しかし職を失って、黒人であるドン・シャーリーに雇われることでトニーの意識が変わっていきます。

トニーはいわゆる「粗暴だけどいい親父」です。

クラブで客に暴力振るったり、人をだますようなことは平気でするけど、家族を一番に愛していて犯罪が匂うようなやばい仕事はちゃんと断れる、かっこいい親父だと思います。

じゃあなんで差別意識があるのかって言うと、たぶん「なんとなく」なんじゃないでしょうか。

後述しますが、人種やカテゴリで行う差別は大体「なんとなく」という、される側には理解できない(差別している側も理解していない)ことがほとんどなんじゃないかなぁと考えさせられました。

実際劇中で屋外のトイレを進めてきた豪邸の主人も、天才的なピアニストであるシャーリーに敬意こそ払っているものの、「黒人はフライドチキンだろ?」「黒人と白人は一緒のトイレなんておかしいだろ?」と、差別という意識の外でもはや「そういうもの」として認識しているシーンがあります。

そしてトニーはというと、自分は黒人を蔑むけど、いざイタリア系である自分のことを馬鹿にされるとカッとなって殴っちゃう。
多分そのとき初めて、自分がカテゴリ分けされて馬鹿にされる気持ちを少し知ることができたんだと思います。

トニーみたいな人は信頼関係を築けると一生モノの友情を続けられる感じがしますよね。

何より彼には裏表がない。(嘘とハッタリは多いけど)

何も考えて無いようで、相手のことも自分のこともちゃんと考えている。

・・・めっちゃいい人じゃん!

ドン・シャーリーについて

シャーリーって幼少期からピアノをすることができた=黒人なのに裕福だったと捉えることができるけど、当時のアメリカでも黒人の裕福層は一定数いったってことなのか?と疑問に思ったので調べてみたところ、シャーリーは父が聖公会の牧師さん、母が教師という、少なくとも当時の黒人社会の中では「教育を重視する比較的恵まれた家庭」だったようです。

つまり、「当時の黒人=みんな貧しい」わけではなかったんですね。

奴隷制が終わった後の時代にも黒人の中には医師、教師、牧師、弁護士、実業家、音楽家などの中産階級や富裕層が存在していたそうです。

シャーリーは教養があり、音楽で世界に認められている。
それでも「黒人だから」という理由で扱いが白人とは変わってしまう。

劇中で牧場にいた多くの黒人のような生活もしていない、でも裕福で名声もあるのに演奏会に行ったような場所でトイレも貸してもらえない。
しかも当時は国によっては違法であった同性愛者。
映画内で感情的に訴える「黒人でもなく、白人でもなく、男でもない。私は何なんだ!?」このセリフが映画の一番のテーマなんだと終わってから思いました。

どのカテゴリも関係ない。シャーリーはシャーリーなんですよね。
(雰囲気壊れるけどこれって「コジコジはコジコジだよ」と同じだな。コジコジ・・・いいセリフ多いんですよ)

シャーリーは映画内で多くの差別行為に会っています(現実の差別はもっとひどいものだったそうで、映画はかなりマイルドにしてあるらしいです)が、シャーリー自身も貧困層の黒人を見下している節があったと思います。

彼自身も黒人でありながら、南部ツアーのあの時まで黒人専用ホテルもバーも行ったことがなかった(迫害されている黒人たちのコミュニティにあえて近づこうとしていなかった)んだと思います。
ホテルで野球に誘われてもすごい冷めた感じで断ってたしね(いわゆる「お高くとまってやがる」ってやつでしたから)

粗暴で教養のない白人のトニーにはあからさまに上から目線だったし。

でも、だからこそあのジャズのシーンで生き生きと演奏するシャーリーが輝いて見えました。

富豪としてでも有名なピアニストとしてでもなく、肩書から解放されてノーギャラでただの演奏を心から楽しむ。
あのシーンに、白人社会に認められるための自分から離れて、黒人としての自分も受け入れられた喜びがあるのかなと思います。

そしてその場にいたお客さんもシャーリーがすごい人だなんて知りもしないので、ただの一人の演奏が上手な人として一緒に盛り上がれる。
何より生き生きとコミュニティ内で自分を表現するシャーリーを見ているトニーがうれしそう、あのシーンすごく好きです。

それまでは、何にも属せないと孤独を感じていたシャーリーの防衛本能によるものなのかもしれませんが、高いプライドもあって仕事仲間とも溶け込めていない状況を生んでいるのかなぁとも思いました。

つまり、「人種とか性癖とかで区別せず、個人として関わることでただ『その人』と仲良くなる話なんだと思いました。

トリオについて

シャーリー以外の二人(チェロのオレグ、ベースのジョージ)もただの仕事仲間であって、友達ではないしなんならやっぱりシャーリーとの溝が深いのが現れているのも印象的でした。

同じ南部ツアーに向かうのに、同じ車を二台手配して一緒には乗らない。

演奏が終わっても一緒に談笑したりしない。

現地解散。

ビジネスチームなだけって感じが現れています。

前述していますが、シャーリーが分厚い壁を作っていることも要因にあるのかもしれませんが、もしもう少しシャーリーがフレンドリーに接していたら二人は友達になれたのかが気になります。

少なくともオレグはシャーリーの南部ツアー決行についてシャーリーの考えや意図を理解しているようなセリフがあったので、差別とはまた違う溝があったんだと思います。(それともプロの仕事仲間ってそんなものなの?)

もしかしたらエンディング後、シャーリーの中で人との関わり方が変わって、オレグとジョージとも仲のいい仕事仲間へと変わっていったのかもしれません。(そんな資料も事実も確認できませんでしたが・・・勝手な願望でした)

妻・ドロレスについて

この妻がねー、最初から最後まで本当にいい人で・・・

私この人が劇中で一番好きかもと思いました。

観たらすぐわかると思うんですけど、トニーの仲間(&父)が黒人が家に作業しに来てくれていることを心配だから見張らなきゃと言う中で、ドロレスは黒人に感謝して飲み物をあげて見送りまでしている=客人として普通に接しているんですよ。

当時きっとそういった白人も当たり前にいたんだとは思いますが、この映画内ではあからさまな差別を全くしなかったのは最初から最後まで彼女だけなんじゃないかと思います。

そしてあのラスト。あそこで泣いた。

ドロレスは人をカテゴリで見ずに、個人を見ているということがしっかり表されたシーンで、あそこは本当に泣けます。
シャーリーの「自分という人間を見てくれている」と理解した時のあの笑顔と再ハグ・・・
一回目のハグはいわゆる社交辞令な感じがしますが、あの再ハグは感謝とか喜びとかいろんな感情がこもったハグなんだと思います。

トニーも自分の目で見たものを自分で判断して考えを改められるいい親父だったし、この夫婦、大好きです。

トニーの仲間たちについて

この人達が映画の中でいわゆる「世間」を表しているんだと思います。

ラストのクリスマスパーティーでシャーリーについて黒人というくくりで最初馬鹿にしたのをトニーに諫められる、シャーリーが目の前に現れて、トニーに友達として紹介されたとたんに仲間として歓迎する。

これが世間のカテゴリ分けの正体なのかもしれません。

なんだか理由は知らないけど黒人だから見下していい。

何かされたわけでもないけど一緒にいたくない。

よくわからないけど汚らわしくて気持ち悪いから関わらない。

差別のほとんどはこんなものなんじゃないかと思います。

それを表しているのがトニーの仲間なんじゃないでしょうか。

なんとなく、よくわかんないけど差別してたけどその人いい人なの?じゃあウェルカム!ってね。

そんな他人任せの価値判断への皮肉が込められているのではないかなと思いました。

じゃなきゃ、あの人たち最初と最後で対応変わりすぎてご都合すぎるぜ。

牧場で働く黒人のシーン

このシーンもかなり印象的なシーンです。

セリフはほとんどない。でも心に残ります。

白人を運転手として雇い、高級な車、高級なスーツに身を包んだシャーリーと、泥と汗にまみれながら農場で働く同じ黒人の人々。

シャーリー自身はこの人と私は違うと考えていても、世間のカテゴリでは「黒人」というくくりで同じ扱いになる現実。

さらに成功しているはずなのに、どのコミュニティにも入ることができず孤独なシャーリーと、農家というコミュニティで生きる黒人との対比があると思いました。

その後のシーンでは差別意識の強い南部に行って、白人社会でも、自分ほど優秀な芸術家なら認めてもらえるだろうと挑戦したシャーリーでも、やはり黒人として扱われて、演奏先のレストランすら客としては入れてもらえない。

あの沈黙で見つめ合うシーンは、結局人種というカテゴリから逃れられないという印象深いシーンに感じました。

トニーとシャーリーの関係の変化がおもしろい

トニーもシャーリーも最後まで根本的なところは変わらないのがいいと思いました。

トニーは最後まで粗暴なままで禁煙もしないし、シャーリーもトニーに触発されて言葉が荒れることもありません。
(素手でケンタ食べて、骨を車の窓から放り投げることはしてみるけど、多分それをデフォにするようなことはないと思う)

それでも最初は黒人の使用したものをつまんで捨てていたようなトニーが、ツアー最終日のホテルではシャーリーと同室で宿泊しています。

シャーリーも手紙にダメ押ししていたのを最後の手紙の文面を完璧だと認めます。
(個人的な意見ですが、多分本当は直し入れたかったところもあったんじゃないかと思います。そこも含めてあのシーンは熱い)

警察に二人で捕まった時マットレスに触るなとシャーリーを同等の友達として気遣ったり、雇い主と運転手のはずが最後は家まで運転してあげるシャーリー。

この2か月の2人の心情の変化(友情と信頼の芽生え)が本当に面白い。

トニーの、「銃を持っていない」と言ったのに最後の方で嘘だってわかったところなんて、トニーの変わってなさがガッツリ出てます。

でもシャーリーは「こいつ自分に嘘をついた」と思うのではなく、「(翡翠のことで前科あるし)あぁ、こういうやつなんだ」と思ったからラストにつながるんじゃないかと思います。

クリスマスパーティーを断ったあとのシャーリーが1人椅子に座ってるシーンは、パーティーでたくさんの仲間といるトニーと、いつもシャーリーが孤独だったことの対比が観ていて胸が痛くなりました。

でも、トニーなら自分自身を受け入れてくれると信頼したから勇気を出してトニーの家に行ったんですよね。

さらにあのドロレスの対応よ・・・あ、思い出すと涙が・・・

というか、一発フェイント入れる演出がたまらなくにくい!

質屋のじいちゃん夫婦かよ!ってね。

ちょっと以前観た【キャッチミーイフユーキャン】を思い出しちゃいました。あ、これもネタバレになるのか
(こちらに感想があります)↓

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まとめ

主人公二人の関係の変化がこの映画の核だと思います。

別に差別はダメだから二人で差別をなくそうぜ!という世界を動かす話でもなく、ただ人種の違う二人が出会って、深く関わるうちに友達になったというだけなのに、ものすごく心がほんわかできる。泣ける。

社会派っぽい内容なのにコメディのように笑えるシーンも多くて観やすいので、この映画はかなりおすすめです!
(ド定番人気シーンだと思うけど、車中でケンタ食べるアレは本当にいい!)

福沢諭吉氏の「人の上に人を造らず」みたいにね、関係に上下なんてなくて、あるのは個人への信頼と友情なんだよっていうシンプルだけど深いお話でした。

人種差別を超えたーっといったキャッチフレーズもあったけど、人種差別なんてそもそも超えるような存在でもないくらいに思わせてくれます。

とはいえ、現実に差別というものは多かれ少なかれ現在も続いているので、当時の黒人の差別について、グリーンブックとはどんなものだったのか、貧困格差など、社会背景も併せて知るとさらに多くの気づきがあると思います。

これほんと子どもと観てもすごくいいと思います。

他にもあのシーンこのシーンって話すと映画以上に時間がいくらあっても足りない名作でした!

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プロフィール
この記事を書いた人
あびう

男児2人を育てる40代主婦、窓ぎわねこです。

寝ること、食べることが大好き。
そして面倒くさがりなのに、気になったことは妙にとことん調べます。

ちょっと変わったものを食べたり、知らない場所へ出かけたり、本や音楽を楽しんだりするのも大好き。
「気になる!」を実際にやってみて、調べて、感じたことをのんびり綴っています。

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